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沖縄平和祈念行脚

 沖縄平和祈念行脚 2009年10月



(10月21日、一般民家が隣接している金武町の米軍基地前)
=連日、実弾射撃訓練が行われ、撮影中も背後から射撃音せまり
 不気味さを感じました。=


平和運動

去る10月19日より5日間、第23回沖縄平和祈念行脚に参加しました。
今、鳩山内閣が決断を迫られている普天間基地移設問題ですが、移設予定地の大浦湾西海岸辺野古の住民が、新基地反対の座り込みを続けており、私達が行った時で2010日と、もう約6年前から一日もかかさず続いております。
その大浦湾は生き物たちの楽園で、巨大な珊瑚の群衆が点在し、天然記念物のジュゴンが生息しております。
新基地は三分の一が陸上、三分の二が海上で、万が一工事が着工したならば、取りかえしのつかない自然破壊と環境破壊をもたらします。
先日、来日したゲーツ国防長官の発言は恫喝のようで「戦争に負けたんだから云うことを聞け」と言うように思われます。
沖縄は嘉手納基地始め、いたるところに米軍基地が広大な土地を占領し鉄条網で囲み、実弾射撃訓練場では砲撃の音が住民の日常生活を脅かし、危険と隣り合わせの生活を余儀なくされております。
同じ日本国内でありながら沖縄の人々の苦悩と戦いが現実に今も続いております。
平和で基地のない、安全で安心な沖縄の人々の生活を実現させたいものです。

くおんの祈り

くおんの祈りとは久遠実成本師釈迦牟尼仏の命のいのりことです。 くおんの本仏のいのりは、その本仏の命をいだいた人々のいのりでもあります。 仏教の盛衰〜ブッダの教え〜 日本は仏教国といわれ、仏教は私たちの生活の隅々に影響をを及ぼしております。 しかし、多くの人々は仏教はどういう宗教なのか、本当に理解している人は少ないと思います。 仏教の開祖お釈迦様(ブッダ)は遙か彼方の天竺(インド)の遠い国の人で、いかにして仏教が生み出されたか考えたこともないのが普通です。 現在インドの全人口の八割以上がヒンドゥ教徒で、二割弱がイスラム教、キリスト教シーク教など、さまざまな宗教の信者が入り交じり、その中で仏教徒は、全人口 の〇,七%(六百万人)しかおりません。 仏教がインドに生まれておよそ、二千五百年。インドの大地に生まれ、インドの大地にまた飲み込まれてしまったのです。 お釈迦様が出家した当時、インドはバラモン教でした、そのバラモン教で修行をして、仏陀となったお釈迦様の教えは仏教として、アジア全土に広まり隆盛を極めました。 お釈迦様の死後一○○○年、仏教に翳りが見え始め、バラモン教から発展した現在のヒンドゥ教が栄え始めた時期に、ヒンドゥ教の中に取り込まれてしまいます。 さらには十三世紀初頭にイスラム勢力の北インド侵入によって、インド仏教最後の拠点であった、現在のビハール州東部のヴィクラマシーラ僧院が破壊され大打撃を受けるのです。 しかし、お釈迦様はヒンドゥ教の神ヴィシュヌの九番目の化身として、神として仏陀は信仰されております。 もちろん我々仏教徒からすると仏陀がヒンドゥ教の神様などということは、とんでもないことですが、仏陀がヴィシュヌの化身の一人に加えられているまぎれもない事実は、ヒンドゥ教が仏教徒を取り込むために聖者仏陀を無視するわけにもいかず、行った事とも言えます。 現在、インドには仏教徒は少ないんですが、仏教のお坊さんに対しては仏陀のお弟子という事から非常に敬われます。 インドの隣バングラデシュ(もとはインド)の第二の都市チッタゴンとその周辺には三十万人のベンガル仏教徒が住んでおります。 インド世界の東の端にこうした仏教徒が生き残っていることには諸説がありますが、十三世紀、イスラムの侵入によってガンジス川流域の地を追われたインドの仏教徒が東へと逃れ、アッサム地方を経由して、チッタゴン周辺に住み着いたという説かあります。 小乗仏教(上座部仏教)と言われる原始仏教はタイ国、スリランカ、ミャンマー、カンボジア、チベット、ネパール等に広く弘まり人々の生活と密着しております。 バングラデッシュの仏教では僧侶が重い病気の人や、悩みを持っている人の家に行って説法することがよくあるということです。 病気の人を前にしていかに人間は死ぬべきかということを説くというのです。 六十五歳になるある中年の女性は長年肺の病気で寝たきりに なっているという。 家は決して裕福でなく、薬も満足に買えない、親族が彼女のために、寺から長老の僧侶を呼んで説法をお願いした。 上座仏教に共通の「私は仏に帰依します。法に帰依します。 僧に帰依します」という決まりのお経が上げられた後、僧侶が説法の題材に選んだのは、仏陀が最後の旅を記した「大涅槃経」でありました。 「この世に生まれたら死ぬのが定めです。生まれてから死ぬまでの間が私たちに与えられた人生です。仏陀は死とは何かを考えました。 そして死を見つめ、その答えを見つけるために世俗を離れました。 私たちも死の意味をとらえる事が出来れば生きて行く苦しみにも耐えられるのです。 仏陀が言われたのは、 誰もが死を避けられず、この世に死の手から逃れる場所はどこにもないということです。 私たちが彼女にしてあげられること は彼女にこの真理を聞かせてあげることです。 ブッダの教えによれば、これは新しい生でもなければ新しい死でもありません。 彼女を力づけ、死への旅が安らぎに満ちたものであるようにするためですと。 僧侶がまだ生きている人に向かって「人は死ぬ定めです」と切り出しのです。 バングラデシュでは僧侶は、葬式や儀式のためだけにあるのでなく、生きている人々のためにあり、生きている人々に語りかける。 その様子は、かってブッダが人々の中に入って自らの悟りを説き、さまざまな苦しみを持っていた人々の話を聞き、その苦しみの原因を説き明かしていったことと相通ずるものがあり、バングラデシュには、こうしたブッダの時代の仏教が原形をとどめております。 小乗仏教の仏教徒の中心は寺であります。 そこで厳しく修行する僧侶の生活を支え、僧侶からさまざまな教えを受けることで、生活に密着した信仰が残っております。 大乗仏教と言われる日本の仏教が、檀家制度が出来、葬式とか儀式が中心になって百数十年でありますが、この百数十年間培ったてきた既成事実、既成概念、既成習慣を覆して、仏教本来の姿に戻すことは容易なことではありません。

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